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サイモン&ガーファンクルの「明日へ架ける橋」
あの怖い地震から1週間余り。
私はまだ緊張しています。
緊急地震速報が流れると心臓がキュッとなります。
福島第1原発を見ると胸が苦しくなります。
けれども!
電気が通っている幸せ
水が自由に使える幸せ
ガスが使える幸せ
買い物ができる幸せ
友達がいる幸せ
そしてなにより家族が揃っている幸せ
を、感じています。
○地震について思うこと
津波ってひどい。
街が飲み込まれていくのを生中継で見ていた。
そっちに行っちゃだめ!と画面に映る車に叫びながら見ていた。
あっけないものだった。
ひどいものだった。
せっかくあの震度に耐えた建物(というか倒壊しているかは画面上からはわからなかった) なのに、
辺り一面あっという間に水に飲み込まれていった。
その悲惨な光景をテレビで見ている最中にも
東京には何度も大小の余震やら本震やらがきていて、
いったいどうなってしまうんだろう、
いつ地震は収まるのだろう、
と不安な気持ちになった。
固定電話はたまに通じるけれど携帯電話の電話は通じず。
メールはたまに使えるが普通に受信できない。
『問い合わせ』をしないと受信できないと気付いたのは、
地震が起きてから数時間後のことだった。
このせいで、主人、母、姉と連絡がなかなかつかなかった。
東京で働いている主人は命は絶対あると思っていたが
千葉県北西部に住んでいる母はもしかしたら家が倒壊してどうにかなっているかも
と心配したりしていた。
また電車が止まって今回の地震の規模からして、
「すぐには動かないだろう、主人は今日帰ってこない」と覚悟した。
連絡が取れなかった母から電話があったのは夕方。
公衆電話からでした。
都内に出ていて電車が動かないから今日は泊まると。
公衆電話はものすごく行列してるから長電話できない。
という短い内容でしたが、
帰宅難民になったけど泊まるところもあったようなので安心した。
一方の主人は明け方近くに電車を使って帰ってきた。
電車は夜に動き出していたけれど。
疲れ切っていた顔だったけど、そんな顔でも見たときは本当にホッとした。
そして地震直後が土日で主人が傍にいてくれて本当に私の安心要素になってくれた。
○被災地について思うこと
跡形も残っていない被災地。
そこから命からがら逃げてきた被災者の方、
なんて辛抱強く、我慢強く、そして優しさに溢れて、秩序を保っているんだろう。
「私は大丈夫です。心配しないでください」 というコメントをよく聞く。
絶対に不安なはずのに。
遠くに住んでいる子供に心配させまいとする親心としか思えない。
涙が止まらない。
こういう方々ばかりだから絶対に近いうちに復興するはずだ。
あと小さな赤ちゃんがいるお母さん。そして妊婦さん。
ただでさえ赤ちゃんがいることでナーバスになっているのに
避難所生活、水はなく、オムツもない。
ご主人を亡くされた方もいる。
不安で不安でしょうがないだろう
そんな状況を自分に振替えて考えてみると、 それはもう・・・絶句しかない。
私のルーツは東北です。
父の墓は盛岡にあります。
幸いにも倒れていないようだ。
こんな私に何かできることは、何だろう。
ささやかなものですが、少しばかり送りました。
誰かの役に立つといいのですが。。
今回の地震で台湾で23億円の義援金が集まったらしい。
額で評価するのもどうかと思うが、 本当にすごい額。
とても感謝すべきことだと思う。
どうかこの義援金が、いや、この義援金だけでなく
日本中世界中から集まっている義援金が有効に使われますように。
○原発について
私が今最も不安に思っていること、それが原発。
福島第1原発の状況。
毎日悪化しているのが素人目から見ても明らかなのに、楽観視する保安院。
信用できないと思っていたら、本当に怖いことになってしまった。
私たち被曝するのかな。
と200km以上離れた東京にいても思う。
考える時間があるのがいけないのか、
ついつい悪いほう悪いほうへ考えがいってしまう。
今は少し小康状態に入っているがいつ牙を剥くかわからない。
牙を剥いたら、どの程度の被害になるのか計り知れない。
目に見えない、触れない、予想ができないだけに
映像を見るたびに私は恐怖に慄いてしまって ものすごくネガティブになる。
自国民を守るため、80km避難、日本退去、そういう海外の対応が本当は正常なのではないか。
やっぱり原発ってダメ。
クリーンエネルギーなんて嘘っぱちだよ。
人間が制御できなくなったらもうどうしようもないんだもの。
原発によるエネルギーを享受して今まで生活を楽しんできた。
原発に反対することなくただ受け入れていた。
けれども原発周辺の方達の生活を奪ってしまった。
それにこれから復興していこうという意気込みを消沈させるかのように
被曝覚悟で放水作業そして復旧作業に当たっている方、本当に頭が下がる。
作業状況を聞くと目頭が熱くなる。
感謝してもしたりない。
とにかく無事に生還していただきたい。
○計画停電

うちは停電になるまでグループが判らなかった。
停電になってはじめて第3グループということが判った。
電池式キャンプ用のランプが二つあったので、それを使っている。
単一電池は手に入らない状態なので、懐中電灯は使えていない(←防災対策ダメじゃん)
単三電池は充電タイプのがたくさんあったのでそれを使用している。
計画停電ということで節電をしている。
・炊飯ジャーをやめて圧力鍋で炊く
・とにかく電子レンジ回避作戦決行。
・お風呂の残り湯を洗濯槽に自力で汲む。
・ドライヤーは短く。
・使っていない5.1サラウンドシステム、DVDレコーダー、エアコンの電源をコンセントから切る
・日中の使用しない時、ネット関連の電源を切る
・日中はホットカーペットを使わずにいる(真冬でなくてよかった)
・おしりふき暖め器をやめた
・計画停電中の夜10時まではパソコンを使わない
・テレビはなるたけ見ないで、電池式のラジオ、iPodを聞いている
・照明の付けっ放しに気をつける
他にやれることはないかしら。
こんなの被災者の方達に比べたら屁のかっぱ。
そして節電をするのは主人の通勤がとても大変になっているから、という理由もある。
うちが利用している電車は4割運行とかなり本数が減っている、
かつすべて各駅停車になって乗車時間もかなり長くなってしまったらしい。
そんな大変な状況を思うと、私たちのために働いてくれてありがとう、という感謝の念しか出てこない。
だから家庭は停電していいから通勤電車は平常に戻って欲しい。
スーパーの節電も目を見張るものがある。
みんな頑張ってる。
○物流について
地震翌日スーパーに行ったらすでに物が少なくなっていた。
米が切れるタイミングだったので、米を買いにスーパーへ行ったのだけど
もう品切れ間近でした。
水も欲しかったけれど、なかった。
うちはティッシュペーパーもトイレットペーパーもオムツもガソリンも
地震前にたまたま買っていたので良かったけど、
残り少ないとか、無くなった、という状態なら買い置きに走るのは当たり前でしょう。
冷静な対応を、とか言われてもそりゃ無理でしょう。
月曜のスーパーは土日に比べてさらに混雑が激しかった。
レジ待ち行列、私は20分ぐらい待ったけど、帰る頃には私が並んだ時よりも3倍以上の人がいた。
けれど、日に日に物が廻りはじめている気がします。
我が家は本当に恵まれていることに徒歩5分以内にスーパーが2軒。
15分歩けばさらに2軒あります。
開店と同時に行けば、電池とカセットコンロ用ガス以外は手に入るようになりました。
廻り始めたな。ということが感じられるので気分が落ち着きます。
ただガソリンがまだまだのよう。
来週過ぎないと改善されないみたい。
うちの近くのガソリンスタンドは整理券配布制。
持っていない人が知らずに来て、説明を受けてすごすご引き返す光景を何度も見ている。
ゴミ収集車もガソリンが確保できなければ、廻りませんという通達が来た。
うちが利用できるバスも燃料確保できずしばらく運休となってしまった。
○つい先日のこと
気持ちがネガティブになっていた頃、友達からメールがきた。
同じ状況のはずなのに、気遣ってくれて「いつでもメール電話してね」 という。
その一言が妙に私の心を和ませてくれた。
その後にラジオから流れてきたのが 冒頭のサイモン&ガーファンクルの「明日へ架ける橋」 。
サビの部分でとにかく落ち込んでいた私の心がふっと軽くなる。
駄文がとても長々と続きますので、読む気がある方はこちらを聞きながらどうぞ。
あの怖い地震から1週間余り。
私はまだ緊張しています。
緊急地震速報が流れると心臓がキュッとなります。
福島第1原発を見ると胸が苦しくなります。
けれども!
電気が通っている幸せ
水が自由に使える幸せ
ガスが使える幸せ
買い物ができる幸せ
友達がいる幸せ
そしてなにより家族が揃っている幸せ
を、感じています。
○地震について思うこと
津波ってひどい。
街が飲み込まれていくのを生中継で見ていた。
そっちに行っちゃだめ!と画面に映る車に叫びながら見ていた。
あっけないものだった。
ひどいものだった。
せっかくあの震度に耐えた建物(というか倒壊しているかは画面上からはわからなかった) なのに、
辺り一面あっという間に水に飲み込まれていった。
その悲惨な光景をテレビで見ている最中にも
東京には何度も大小の余震やら本震やらがきていて、
いったいどうなってしまうんだろう、
いつ地震は収まるのだろう、
と不安な気持ちになった。
固定電話はたまに通じるけれど携帯電話の電話は通じず。
メールはたまに使えるが普通に受信できない。
『問い合わせ』をしないと受信できないと気付いたのは、
地震が起きてから数時間後のことだった。
このせいで、主人、母、姉と連絡がなかなかつかなかった。
東京で働いている主人は命は絶対あると思っていたが
千葉県北西部に住んでいる母はもしかしたら家が倒壊してどうにかなっているかも
と心配したりしていた。
また電車が止まって今回の地震の規模からして、
「すぐには動かないだろう、主人は今日帰ってこない」と覚悟した。
連絡が取れなかった母から電話があったのは夕方。
公衆電話からでした。
都内に出ていて電車が動かないから今日は泊まると。
公衆電話はものすごく行列してるから長電話できない。
という短い内容でしたが、
帰宅難民になったけど泊まるところもあったようなので安心した。
一方の主人は明け方近くに電車を使って帰ってきた。
電車は夜に動き出していたけれど。
疲れ切っていた顔だったけど、そんな顔でも見たときは本当にホッとした。
そして地震直後が土日で主人が傍にいてくれて本当に私の安心要素になってくれた。
○被災地について思うこと
跡形も残っていない被災地。
そこから命からがら逃げてきた被災者の方、
なんて辛抱強く、我慢強く、そして優しさに溢れて、秩序を保っているんだろう。
「私は大丈夫です。心配しないでください」 というコメントをよく聞く。
絶対に不安なはずのに。
遠くに住んでいる子供に心配させまいとする親心としか思えない。
涙が止まらない。
こういう方々ばかりだから絶対に近いうちに復興するはずだ。
あと小さな赤ちゃんがいるお母さん。そして妊婦さん。
ただでさえ赤ちゃんがいることでナーバスになっているのに
避難所生活、水はなく、オムツもない。
ご主人を亡くされた方もいる。
不安で不安でしょうがないだろう
そんな状況を自分に振替えて考えてみると、 それはもう・・・絶句しかない。
私のルーツは東北です。
父の墓は盛岡にあります。
幸いにも倒れていないようだ。
こんな私に何かできることは、何だろう。
ささやかなものですが、少しばかり送りました。
誰かの役に立つといいのですが。。
今回の地震で台湾で23億円の義援金が集まったらしい。
額で評価するのもどうかと思うが、 本当にすごい額。
とても感謝すべきことだと思う。
どうかこの義援金が、いや、この義援金だけでなく
日本中世界中から集まっている義援金が有効に使われますように。
○原発について
私が今最も不安に思っていること、それが原発。
福島第1原発の状況。
毎日悪化しているのが素人目から見ても明らかなのに、楽観視する保安院。
信用できないと思っていたら、本当に怖いことになってしまった。
私たち被曝するのかな。
と200km以上離れた東京にいても思う。
考える時間があるのがいけないのか、
ついつい悪いほう悪いほうへ考えがいってしまう。
今は少し小康状態に入っているがいつ牙を剥くかわからない。
牙を剥いたら、どの程度の被害になるのか計り知れない。
目に見えない、触れない、予想ができないだけに
映像を見るたびに私は恐怖に慄いてしまって ものすごくネガティブになる。
自国民を守るため、80km避難、日本退去、そういう海外の対応が本当は正常なのではないか。
やっぱり原発ってダメ。
クリーンエネルギーなんて嘘っぱちだよ。
人間が制御できなくなったらもうどうしようもないんだもの。
原発によるエネルギーを享受して今まで生活を楽しんできた。
原発に反対することなくただ受け入れていた。
けれども原発周辺の方達の生活を奪ってしまった。
それにこれから復興していこうという意気込みを消沈させるかのように
食品から規制値を上回る放射性物質が検出されたという。
原発が事故るとなんてひどいことになるんだろう。
被曝覚悟で放水作業そして復旧作業に当たっている方、本当に頭が下がる。
作業状況を聞くと目頭が熱くなる。
感謝してもしたりない。
とにかく無事に生還していただきたい。
○計画停電
うちは停電になるまでグループが判らなかった。
停電になってはじめて第3グループということが判った。
電池式キャンプ用のランプが二つあったので、それを使っている。
単一電池は手に入らない状態なので、懐中電灯は使えていない(←防災対策ダメじゃん)
単三電池は充電タイプのがたくさんあったのでそれを使用している。
ろうそくはない。あっても火災が怖いから使わない。
冷蔵庫は停電中開けなければ数時間なら大丈夫冷えている。
水道は断水・濁水の可能性があるので汲み置きしている。
停電中はやることがない。
ガスは供給されているけれど、換気扇が動かないので料理はやめた。
ランプで読書は厳しい。
うちはワンセグが受信できないもんで、テレビも見れない。
スマートフォンにした方がいいかしら。
どうしようかなと考えているうちに停電が終る。
冷蔵庫は停電中開けなければ数時間なら大丈夫冷えている。
水道は断水・濁水の可能性があるので汲み置きしている。
停電中はやることがない。
ガスは供給されているけれど、換気扇が動かないので料理はやめた。
ランプで読書は厳しい。
うちはワンセグが受信できないもんで、テレビも見れない。
スマートフォンにした方がいいかしら。
どうしようかなと考えているうちに停電が終る。
計画停電ということで節電をしている。
・炊飯ジャーをやめて圧力鍋で炊く
・とにかく電子レンジ回避作戦決行。
・お風呂の残り湯を洗濯槽に自力で汲む。
・ドライヤーは短く。
・使っていない5.1サラウンドシステム、DVDレコーダー、エアコンの電源をコンセントから切る
・日中の使用しない時、ネット関連の電源を切る
・日中はホットカーペットを使わずにいる(真冬でなくてよかった)
・おしりふき暖め器をやめた
・計画停電中の夜10時まではパソコンを使わない
・テレビはなるたけ見ないで、電池式のラジオ、iPodを聞いている
・照明の付けっ放しに気をつける
他にやれることはないかしら。
こんなの被災者の方達に比べたら屁のかっぱ。
そして節電をするのは主人の通勤がとても大変になっているから、という理由もある。
うちが利用している電車は4割運行とかなり本数が減っている、
かつすべて各駅停車になって乗車時間もかなり長くなってしまったらしい。
そんな大変な状況を思うと、私たちのために働いてくれてありがとう、という感謝の念しか出てこない。
だから家庭は停電していいから通勤電車は平常に戻って欲しい。
スーパーの節電も目を見張るものがある。
みんな頑張ってる。
みんな頑張ってるのに、東京で野球?
ありえない。
やるのはいい。
けれども東北と関東以外でやっておくれ。
どこかの地方球場でやっておくれ。
というか強行しようとしている某球団のドンW氏の行く先々で停電を決行してもらいたい。
○物流について
地震翌日スーパーに行ったらすでに物が少なくなっていた。
米が切れるタイミングだったので、米を買いにスーパーへ行ったのだけど
もう品切れ間近でした。
水も欲しかったけれど、なかった。
うちはティッシュペーパーもトイレットペーパーもオムツもガソリンも
地震前にたまたま買っていたので良かったけど、
残り少ないとか、無くなった、という状態なら買い置きに走るのは当たり前でしょう。
冷静な対応を、とか言われてもそりゃ無理でしょう。
月曜のスーパーは土日に比べてさらに混雑が激しかった。
レジ待ち行列、私は20分ぐらい待ったけど、帰る頃には私が並んだ時よりも3倍以上の人がいた。
けれど、日に日に物が廻りはじめている気がします。
我が家は本当に恵まれていることに徒歩5分以内にスーパーが2軒。
15分歩けばさらに2軒あります。
開店と同時に行けば、電池とカセットコンロ用ガス以外は手に入るようになりました。
廻り始めたな。ということが感じられるので気分が落ち着きます。
ただガソリンがまだまだのよう。
来週過ぎないと改善されないみたい。
うちの近くのガソリンスタンドは整理券配布制。
持っていない人が知らずに来て、説明を受けてすごすご引き返す光景を何度も見ている。
ゴミ収集車もガソリンが確保できなければ、廻りませんという通達が来た。
うちが利用できるバスも燃料確保できずしばらく運休となってしまった。
ガソリンがないから物流が途切れるのだろう。
関東分は被災地域優先でいいけれど、関東は西日本から廻ってこないのかしら。
関東がこんな状態じゃ、支援体制十分に取るのが難しいはず。
○つい先日のこと
気持ちがネガティブになっていた頃、友達からメールがきた。
同じ状況のはずなのに、気遣ってくれて「いつでもメール電話してね」 という。
その一言が妙に私の心を和ませてくれた。
その後にラジオから流れてきたのが 冒頭のサイモン&ガーファンクルの「明日へ架ける橋」 。
サビの部分でとにかく落ち込んでいた私の心がふっと軽くなる。
そして「ちょっと散歩してこよっ」と思った。
散歩してたら公園で元気に遊んでいる小学生の多いこと!
太陽の中でその姿はとても輝いていた。
その姿は眩しすぎて正視できなかった。
それを見て思いました。
「まだまだ日本は大丈夫、負けない、潰れない」
散歩してたら公園で元気に遊んでいる小学生の多いこと!
太陽の中でその姿はとても輝いていた。
その姿は眩しすぎて正視できなかった。
それを見て思いました。
「まだまだ日本は大丈夫、負けない、潰れない」
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長かった。
怖かった。
足震えた。
家に居るか、外に出るか迷った。
棚の上部においてあったものがいくつか落下した。
泣きそうになった。
何かあると嫌だからAllyは抱っこ紐でずっと確保中。
怖かった。
足震えた。
家に居るか、外に出るか迷った。
棚の上部においてあったものがいくつか落下した。
泣きそうになった。
何かあると嫌だからAllyは抱っこ紐でずっと確保中。
昨日バレンタインの夜、雪が降り続き、今季初めて積もる
晴れたのでぽたぽたと雪解けの音
右の写真の雪は昼前になくなった

「Allyと雪」の感じで写真を撮ろうとしても、
雪に絶対目を向けないのと、片手で抱っこして片手でカメラ
というのは私には無理があるようで早々に諦めた。
晴れたのでぽたぽたと雪解けの音
右の写真の雪は昼前になくなった
「Allyと雪」の感じで写真を撮ろうとしても、
雪に絶対目を向けないのと、片手で抱っこして片手でカメラ
というのは私には無理があるようで早々に諦めた。
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